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#1海における
日常と非日常とのスイッチ

「船で海に出てみると、日常の自分を忘れ、非日常の中で新たな自分と出会える。
それは翻って日々の活力にもなり、ストレスの発散にもなる。
onとoffとを海という境界線で分かち、非日常の中で自分を取り戻す」

かつてお世話になった一流企業のオーナーであり、60フィートクラスのクルーザーを有するボートオーナーから聞いた話だ。
筆者の場合、仕事でボートに乗る機会も多いが、プライベートでボートに乗れば、やはりその瞬間に日常と非日常とのスイッチが切り替わる。水平線に島影すら見えない大海原に乗り出せば、海という存在に対するリスペクトとスリル、そしてそれらを大いに上回る解放感が得られるのも事実だ。
結局のところ、その解放感の魅力につかれてボートやヨットの世界に身を置いているのかもしれない。

島国・日本は四周を海に囲まれている。本来ならばとても身近なはずの海だが、最近の日本人はどうにもボートで海に出るという機会が少なくなっている。たとえば日本におけるボート普及率のデータを見てみると2000年頃は約280人に1艇の割合だったが、2016年のデータによると約430人に1艇の割合に減少している。
ちなみに世界屈指のボート大国の一つであるフィンランドは2000年頃で約7人に1艇、2016年は約5人に1艇という割合である。フィンランドに限らずスウェーデン、ノルウェーなど北欧はどこも非常にボート普及率が高いエリアだ。ボートで遊べる環境や培ってきた文化の違いはあるが、本来、日本ももっと普及しても良いのにと思う。ただし究極の嗜好品とも言えるボートはやはり景気に左右される存在だ。
ただ面白いのは、日本の場合、ボートの艇数こそ減っているものの業界そのものの売上自体はむしろ伸びている。

これはどういうことか?
特にここ10年ほどで、1艇あたりの単価が劇的上がっているのだ。2018年現在、2000年当時では考えられなかったような劇的な変化が起こっている。
分かりやすいのが近年のボートショーだ。例年春先にパシフィコ横浜や横浜ベイサイドマリーナをベースに開催されているこのイベントで、特に輸入ボートを中心として、如実に見られる傾向が「フィッシングからクルーズへ」、「大型化」、そして「アメリカからヨーロッパへ」という三つだ。「フィッシングからクルーズへ」というのは、文字通り釣り船——特にカジキ釣りなどを行うためのスポーツフィッシャーというジャンルのボートが減り、代わって地中海のボート文化をそのまま体現したようなクルーザーが多数輸入されるようになった。
また大型化も著しい。小型船舶免許で操船できるぎりぎりのサイズを狙ったボートが驚くほど輸入されている。さらに従来多かったアメリカよりも、イギリス、フランス、イタリア、フィンランドと言ったヨーロッパ諸国からの輸入ボートが増えてきたのも大きな変化だ。

こういった潮流は国産メーカーにも波及しており、最大規模のYAMAHAも投入するボートもクルーザーが増加している。またLEXUSの名前を冠したコンセプトボートが2017年に発表され、さらには2019年には新たな65フィート艇の開発をするとTOYOTAが発表したことは記憶に新しい。

ボート遊びに親しむような日本の富裕層が大いに変化してきた証とも言える。
かつて日本で海に出て遊ぶと言うと、圧倒的に釣りが目的という時代があった。その当時と比べるとまさに劇的な変化を遂げている。
多くの富裕層が、優に億を超えるプレジャーボートに乗り、オンデッキ・パーティを愉しみ、マリーナにナイトステイをし、ロングディスタンスのクルーズへ出掛ける。
これまでとは次元の異なる海での遊びが実現しているのだ。

海における日常と非日常とのスイッチ

◆ ライター紹介

野村 敦(のむら あつし)

雑誌編集者を経て自称・自営物書きに。専門分野はプレジャーボート関連。日本ボート・オブ・ザ・イヤー副実行委員長。たまに乗馬、馬術の専門書にも携わる。趣味はサッカー観戦、40年来のLiverpool FCのファン。

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