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  • #1海における日常と非日常とのスイッチ

#2密かなラグジュアリー

2018年春から夏にかけて、まるで潜水艦のような独特のカタチをしたラグジュアリーヨット「Motor Yacht Aが日本近海に現れたことがニュースになった。日本海、瀬戸内海、伊勢湾さらには相模湾や東京湾を遊弋している姿は、かなり目を引いた。
「Motor Yacht A」はベラルーシ出身のロシア人の大富豪が所有する全長119m(390フィート)のギガヨットである。個人所有の船舶としては世界で24番目の全長だ。2008年に完成した当時からその独特の船型は注目を集めたが、生の姿を観るのは筆者も初めてだった。そのサイズたるや圧巻。まるで旅客船の規模である。これが個人所有のプレジャーボートなのだから別次元の話だ。

「ヨット」(yacht)という語句は日本では、セール(帆)の付いた小型艇(ボート)のことを指す場合が多い。しかし「ヨット」自体、セール・ボートだけを指す言葉ではない。そのボートの動力がセールか、エンジンかなどということとは関係なく、本来はもっと広い意味だ。そのニュアンスとしては個人所有の高級ボートを指す。
日本でヨットという言葉がセール・ボートの意味だけで使われるようになったきっかけは、おそらく江戸時代後期ないし明治期に「個人所有のヨット」で来日した外国人が、帆船に乗ってきたことに端を発するのだろう。
専門誌などでヨットと書かれる場合、最近はかなり本来の意味に近づいてきたと思う。
たとえばこのヨットという語句の前に「スーパー」とか「メガ」「ギガ」とかついた船舶が日本にも徐々に増えてきた影響も大きいだろう。
おおむね「スーパーヨット」は全長37m〜60m(120〜200フィート)、「メガヨット」は全長60m(200フィート)以上、「ギガヨット」は全長90m(300フィート)以上とされる。しかし一般には全長24m以上の船舶をひっくるめて「スーパーヨット」と言ったりしている。日本では小型船舶免許だけで操船できるサイズ以上に該当している。

そんな「スーパーヨット」たちは特定のエリアに行くと大量に目にする。
最も有名なのはアメリカ・フロリダ州のフォートローダーデールだろう。
毎年11月には「Fort Lauderdale International Boat Show」というラグジュアリーヨットばかり集めた大規模なボートショーが開催される。フォートローダーデールは、ショーシーズン以外に訪れても、そこら中にスーパーヨットたちが並ぶ。
日本では大型艇と言われる50フィートクラスのボートが小舟に見えるくらいだ。
その他、フロリダであればマイアミもスーパーヨットが多く停泊する。ヨーロッパではモナコやカンヌを初めとした南仏〜イタリアにかけての地中海エリアは特に多い。

こういったスーパーヨットのオーナーたちはどうやって遊んでいるのだろう。

たとえばかつてマルタ島のマリーナで見かけたメガヨットの場合……。ロンドンのフットボールチームのオーナーが所有するこのメガヨット、オーナーはロンドンからプライベートジェットを使ってヴァレッタ空港に降り立ち、そこからはヘリコプターでヴァレッタ郊外のマリーナへ。メガヨットでマルタの海を楽しみ、再びヘリコプターとプライベートジェットを使ってロンドンへ戻る……という使い方だそうだ。マルタの海に飽きたらメガヨットを新たな目的地に回航する。たとえばエーゲ海。回航にはオーナーは同行せずクルーに任せる。
そうやってメガヨットは世界中の海を転々と移動し、オーナー自らはプライベートジェットでアクセスする。フォートローダーデールに停泊するスーパーヨットの多くも、そういったエグゼクティブが所有する。フォートローダーデールで乗船する場合もあれば、カリブの島々へクルーが回航した後に乗船する場合もある。
なんとも羨ましいボートと海の楽しみ方だ。

さて冒頭で紹介した「Motor Yacht A」。
東京湾奥に停泊している際、頻繁にテンダーボート(船と陸地の間を行き来する輸送艇)が、東京夢の島マリーナとの間を往復していた。そのテンダーがまたすごい。「Limo Tender」と名付けられたこのテンダーは全長11m(約33フィート)、まさしく海を走るリムジンのようなボートである。夢の島マリーナにて目の前を通りすぎる姿に愕然とした。
筆者は日本ボート・オブ・ザ・イヤーの選考委員も拝命しているが、その選考対象は基本的に80フィート未満のプレジャーボート。先日、その会合のおり「テンダーで33フィートって、僕らはテンダーの選考をしているのか?」とみんなで自嘲するばかりだった。とは言え、日本でも徐々にラグジュアリーヨットは増えてきた。もう少し小さい、僕らの選考対象としているクラスでも、数億円を超すラグジュアリーボートは年々増えているし、過去には考えられなかったヨーロッパの名門造船所のハルナンバー1、すなわち初号艇が輸入されるケースもある。
実はひそかに日本のラグジュアリーボートの分野は賑わいを見せているのだ。

密かなラグジュアリー

◆ ライター紹介

野村 敦(のむら あつし)

雑誌編集者を経て自称・自営物書きに。専門分野はプレジャーボート関連。日本ボート・オブ・ザ・イヤー副実行委員長。たまに乗馬、馬術の専門書にも携わる。趣味はサッカー観戦、40年来のLiverpool FCのファン。

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